いつか、私達の道は別れてしまうのだろうけれど。

ディーノの試練

 ディーノが、ある日姿を消した。私は適当に風邪だと理由をでっちあげて先生に報告した私。理由の想像はついているもの。どうせ、かなり嫌なことがあって逃げ出したんでしょう。多分、あの『家庭教師』にいじめられてすぐに帰ってくるわ。

「暇は嫌いなのに」

 ぼやいて私はどうしようかしら、と内心だけで呟く。今日の授業、1回くらい休んでも単位の心配ない教科ばかりだし、久々に抜け出そうかしら。

(丁度、腕がなまってたのよね)

 ある筋の情報じゃ、どこぞの流派の達人がこの近くに来てるらしいし、ね。暇潰しになるお相手ならいいんだけど。その『相手』との試合を想像して、私の口元に笑みが浮かんだ。この学校では味わえない勝利の快感を思い出して、私の機嫌は少し上昇する。だって、久しぶりに本気を出せるんだもの。これが嬉しくないなら剣士じゃないわ。
 そう考えると、私は『スクアーロ』としての資格を持っているような気もしてくる。本来私の位置に立つはずだった彼も、剣士としての誇りを胸に生きていたんだから。

(でも)

 今の『私』に……・スクアーロになる前は、ずっと普通の一般人として生きてきた私がこうも簡単に剣を扱い人を殺せるようになるなんて、私は思ってもみなかった。きっと死に近い場所にずっといたからなんでしょう。だから、命の重さも分かってる。それでも覚悟があるから殺す。ああ、なんて矛盾、と自分の考えを嘲笑い私は服を動きやすいものに着替えた。

「ま、理由は腹痛でいいわよね」

 呟き電話をかけておく。部屋の奥にしまっていた剣を取り出して、私は窓を開け放った。『スクアーロ』は、いくつもの流派の剣士を襲っていたのだから、私も真似事くらいはしないと、ね。
 彼ほどいろんな流派を襲ったわけじゃないけど……まあ、事前調査で大体の流派は把握したもの。似たような流派を襲っても二度手間でしょう。『達人』と呼ばれるような人だけと戦えば、ちゃんと経験値が私の中に蓄積されるはずだし。

「どのホテルに滞在してたかしら」

 ぼやきながら、私は窓の外に身を投げ出した。



*******************



 左手の剣を私は構えて、相手も己の剣を構える。
 どこぞの流派の達人だ、と自分で名乗ったその人は、私の試合申し込みをいとも簡単に受け取ってくれた。まさかここまで楽にいくとは思ってなかったから、ちょっと驚いたわ。
 構える姿は様になってるけど、腕はどうなのかしら。
 我ながら意地悪いことを考えながら、私はどうやって戦うかを考えた。一度技を見れば、大体見切れる。受身をうまく取る必要はあるけれど、『私』の腕ならそれくらいはたやすいこと。ただ、向こうの剣技が私よりも遥かに上の場合はちょっと、困る。

(面倒ねぇ)

 内心だけで呟いて私は一歩だけ踏み出す。相手も同じく一歩踏み出して、膠着状態は続いた。ああもう、本当に面倒な敵。

「こういうの、嫌いなのよ」

 小さく呟いて私は駆け出す。様子見が続くと思っていたらしい相手は驚いたように目を見開き、すぐに防御の形を取り私の剣を受け止める。これくらいはできるのね、と内心だけで思いながら私はバックステップで後ろに下がった。同時に距離を詰めてくる相手に対し、今度は私が防御する。腕に伝わってきた衝撃に、私の口元は緩んだ。期待、以上。

「凄いな……」

 相手がぼやき、距離を取る。私の力量を少し把握したらしい。自分の敗北の可能性を間近で感じたのと、私の殺気で額には冷や汗が浮かんでいた。もちろん、私の額にも同じ理由の冷や汗がある。
 強い。それが私はとても嬉しい。
 剣士としての自分をこういう瞬間に私は自覚し、自分の中に『兄』としてこの世に生を受けるはずだった彼の存在すらも感じることができる。私は『スクアーロ』だと、この瞬間は胸を張れる。だから私は、剣を握る。
 流派の技の1つを出してきた相手に、私はなんとかそれを受け止めて見切る。なるほど、攻撃に特化したタイプの流派……だけど、この相手はそれに防御系の流派もプラスして独特の技にしているらしい。全部の技を受けてみないとちゃんとしたことは言えないけど、似たような流派を前にみたから間違いない、とは思う。

「いい技」

 呟くと、相手の眉根が寄せられた。からかわれたように感じたのかしらね、そんなつもりはないのに。そういえば前にディーノにも言われたわね。私の言い方はそういう風に感じる、って。口調の問題だと仕方ないわよね、私はそんなつもりじゃないんだし、口調変えるのも嫌だし。

「君は、どこで剣を?」
「いろんな流派の達人と戦ってたら、いろいろ覚えちゃった」

 くす、と笑いながら言うとありえない、と小さく相手は呟く。そうね、私も自分の吸収速度は異常だって思うわ。だけれど、『スクアーロ』だから、という理屈で、全部納得できちゃう私もいる。

「ねえ」

 瞳を細めて私は笑い、剣を一閃する。相手の服が少し破れて、驚愕に目が見開かれた。ディフェンスよりもアタックの方が、私って好きなのよね。

「私をもっと、楽しませてくれる?」

 相手の目に少しの恐怖を見て、私は少しの落胆を感じる。これくらいでそんな感情を抱くならば、彼は私の期待以上ではあったけれどそれだけでしかなかった。そういう、ことなんでしょう。
 楽しませて欲しかったのに、とちょっとだけ寂しく思いながらも勝利の確信に私は笑う。

(ああ、そういえば)

 ディーノ、頑張って帰ってくるはずだからちゃんとお祝いしてあげないと。
 勝利のある戦いから、私の意識は遠く離れたディーノの故郷に向けられる。確か、そろそろ『家庭教師』がディーノに『跳ね馬のムチ』と『エンツィオ』を渡すはず。時期も合ってるし、今日の脱走騒ぎでディーノはキャバッローネとしての『証』を受け継ぐんだろうし……どんなお祝い、してあげようかしら。
 15分後、私の目の前にはそこそこにいい腕だった『達人』が横たわっていた。



*******************



 帰り道、私は上着を買って破れた服を隠し、少し大きな町のケーキ屋に立ち寄っていた。
 お祝いといえばケーキ、というのは日本人の固定観念よね、と思いながら私はショーウィンドウを見て選ぶ。シンプルにショートケーキもいいけれど、少し甘めのチョコレートケーキも捨て難い。他のケーキもおいしそうで、季節のケーキなんてお祝いだとかどうでもいいから食べてみたかった。

(私も女の子なのよね)

 ケーキに浮かれる自分を客観的に見て、私はそんな感想を抱く。あの学校じゃ滅多に見れない、というのもあるけれど……こういう甘い物が好きだ、っていうのが大きいのよね。結局は。
 それにこのケーキ屋、日本人のパティシエがオーナーらしくて私好みのケーキが多い。イタリアのケーキもおいしいんだけれど、元々ケーキの文化はあまりない国だからお菓子ドルチェの方が多くて。日本人の薄味が私は好きだから、家ではそういう味付けにしてもらってたんだけれど学校じゃそうもいかなくて食生活の改善がしたかったのよね。

「どれにしようかしら」

 悩む。
 だっておいしそうなんだもの。ああやっぱり私って女の子。でもいいわよね、昔は楽しめなかったこと謳歌したってバチは当たらないわ。多分。

「お悩みですか?」

 日本語訛りのイタリア語に私は顔をあげる。少し手が空いたのか、オーナーらしき人が私に微笑みかけていた。

『ケーキが決まらなくて困ってたの』

 私の日本語に少し驚いた顔をして、でも嬉しそうな顔で同じ日本語を使い出す。

『なら、試食でもしますか?』

 日本文化的なその申し出に私は顔を輝かせる。試食できるのなら、したい。だけれどケーキの試食なんてやっていいのだろうか、と少し遠慮もある。私の心情を把握したのか、少し厨房に引っ込んでからケーキの形がうまく整っていない品々を持ってきた。

『店には出せないんですけれど、試食にはできるので使うんです。
 どうですか?』

 喜んで、と私は返し。
 いくつかのケーキを試食して、結局シンプルな『ショートケーキ』を1ホール購入した。ディーノの好み、そういえば私知らなかったのよね。あの人甘いの大丈夫かしら。
 こんなことを考える私がなんとなく新鮮でくすり、と笑う。こんなくだらない日々を楽しいと純粋に考える私がいて、そんな私をバカにする私もいる。客観的に見てしまえば子供のやることなんてすべてくだらなく、だけれどその日々を楽しむ余裕があるというのは凄く私にとって喜ばしいこと。

「早く帰りましょうか」

 足取りがどことなく軽いのは、多分気のせいじゃないんでしょう。



 帰ってディーノの部屋を訪ねると、ぐてっと机に突っ伏した姿があった。やっぱり左腕にはキャバッローネの刺青があって、おめでとう、と言いたかったけれどやめた。

「何かあったの?」
「ちょっと」

 疲れきった声に私は苦笑して、ケーキを取り出した。甘い香りに顔をあげたディーノは、ケーキに顔を輝かせる。よかった、こういうケーキ好みで。

「いろいろあったんでしょう? 『キャバッローネ』の10代目として、なんか認定されちゃってるみたいだし」

 刺青を指差すと、う、とディーノは呻く。肩には例のカメであるエンツィオがいて、呑気に欠伸をしていた。かわいいし癒しな構図なんだけれど、ディーノの頑張りを思うと素直に癒されないのも事実よね。

「だから、おめでとうとお疲れ様でケーキ」
「オレ、に?」
「他に誰がいるのよ」

 呆れたような口調を装って、私は言い。それともいらない? と意地悪い声をわざとに出して問いかけた。するとぶんぶんと首を激しく横に振ってディーノは笑う。

「すっげぇ、嬉しい」

 その笑顔の綺麗さに一瞬だけ、私は心奪われて。そしてすぐに、ありがとう、と笑い返した。ディーノの、こんな笑顔をこの学校で知っているのは私だけ。そんな不思議な優越感が、胸にある。

「なあ

 何? と私はケーキをつつきながら首を傾げる。

「キャバッローネに、入らねーか?」

 ディーノのお誘いの言葉に私は驚いて目を見開く。彼の口から、こんな言葉が聞けるなんて考えたことが一度もなかった。私はヴァリアーに入る。それが私の中での決定事項であり、『スクアーロ』として定められた予定運命だったから、というのも多分あるんでしょう。だから私は、ごめんだけど、と断りの言葉を口にした。

「無理よ。私には、歩くべき『道』がある」
「道?」

 ディーノの問いに私はええ、と頷いた。

「決められた『運命』があるの。私が『スクアーロ』である限り、歩かなくちゃいけない道がある」

 それは私が決めたこと。それは私が選んだこと。
 誰がなんと言おうとも、私の決意は変わらない。鈍らない。あの人に会い、私は運命の先を見る。そう決めたから、キャバッローネには入れない。

「ある人に会って、その道を歩いていかなくちゃ、私の意味がなくなっちゃうの」

 誰よりも、私が一番分かってる。私の存在の、不安定さを。

「だから、あなたの申し出は受けれないわ」
「でも、はそれでいいのかよ」

 断られたことよりも、私のあまりにも達観した言葉がディーノは気に入らなかったらしい。少し怒ったような瞳を私に向けて、問いかけてくる。素直なその怒りと問いに、私は笑って頷いた。

「ええ」

 ピンチヒッター、代役、ただの代わり。そんな言葉で私の存在は片付いてしまうのかもしれないけれど、片付かないものが1つだけある。
 それは、『』として今まで積み重ねてきた今までの『人生』。これが誰にも侵せない、『私の存在した証』。

「私は『代役』で充分。
 私は、ここにいることだけで幸せなんだもの」

 あなたと会えてよかったわ、と。今この瞬間に言っておけばよかったのかもしれない。
 幸せで穏やかな学校生活は、私にいろんなことを忘れさせていた。学生時代、というこの時代こそが、『スクアーロ』の始まりだったことを私は忘れていた。

「絶対、お前のこと引き入れるからな」

 ディーノの宣言に私は笑い、無理よ、と軽口を返す。
 ケーキの最後の一口は、口の中で甘い後味だけを残して消えて行った。















あとがき
1話減りました。やっぱり。
次がいろいろと詰め込むことになりそうです。これが人気なのでさっさと完結させてしまおうという方向性に変更しました。もっと人気ないかと思ってました。私。
瑠歌に訊かれたので簡単な説明を。
この連載はヴァリアー編までは到達しません。実は。なので雨戦やらの話も全部考えてはいるんですが、書く予定はないです。未来編設定もただのお遊びで書くかどうかは不明。希望の声があればやりますが、今のところはないのでやる気はないです。
やって欲しい方は拍手でどうぞ。あ、あとこの作品がおもしろかったらランキングだとか拍手だとかポチッとしてやってください。私がムダに喜びます(をい)
次は月歌か空空をアップしたいなー、とぼやいて。では次の更新でー!

09/04/09