いつしか、時は経ち。
 私が、約束された舞台ステージに立つ瞬間はやってきた。

学校生活

 空は蒼く、雲は白く。当たり前のことでしかないそれが、私にはどこか眩しく、同時に少しだけ不思議だった。どうして『当たり前』なのだろう。そんな考えることはあまりない疑問が、この頃はよく頭をよぎる。
 多分、それは私が『ありえない』存在だからなんだろう。今『私』がいる場所には、本当は違う人が立つはずだったのだから。役柄を間違えた役者のような存在。それが私。・スクアーロという存在は、そんな人間だ。

(考えても仕方ないんだけど)

 この舞台ステージに立つことを、最終的に選んだのは私だという確信が今の私にはある。選択肢なんていくらでもあったし、こんな未来に至らないようにする手段だっていくらでもあった。だけど、私はこの未来を選んだのだ。この世界に立つことを許された瞬間に、1つのことを悟ったから。
 私が『スクアーロ』ならば、私は彼の歩んだ道を歩かなくちゃいけない。未来が変わるだとか、そういうことにあまり興味のない私ですらそう思うほどに、彼の存在は重要だった。ヴァリアーの雨であり、山本 武のよき戦友であり、ディーノと同じ学校であった彼のポジションは、大切すぎた。

(『本当』のスクアーロも、妹が死産だったりしたのかしら)

 私は思いながら右手にある剣を軽く振るい目の前のクラスメイトの剣を受け止める。兄の名は『スペルビ』だと、父となった人は私が生まれた瞬間にぼやいていた。なら、『本当』の彼にも死産の妹がいたのだ、だとか言われても私は驚かない。むしろ納得しそう。
 そういえば、状況説明がまだだったわね。
 今は学校の戦闘訓練中。なんでそんなのが授業にあるかっていうと、この学校がマフィア専用の学校だから。ちゃんとディーノともクラスメイトよ、私。原作でディーノがクラスメイトだったか、までは覚えてないけど。ああ、一応親友って間柄になってるわね。これは私の勝手な行動。

「でやぁっ!!」

 気合たっぷりに私に剣を振り下ろすクラスメイトその1。悪いけど名前は覚えてないからこれでいかせてもらうわ。私はそれを片手で持っている剣で捌いてちょっとしたフットワークを使ってその1君の横に移動する。これくらいの動きも見切れなかったみたいで、私の姿を視認すると同時に目を見開いていた。

(マフィアの学校な割りには、弱いわよね)

 1年生だから? でも私の家、剣だとか立って歩けるようになって言葉覚えたらすぐに持たされたけど……やっぱりこの裏社会でも異例なのかしらね? こういうの。

「くっ!」

 女にこうも翻弄されるのが気に入らないのか、苛立たしそうにクラスメイトその1は足を踏み鳴らす。弱いもんは弱いんだから認めて負けました、って言ってくれればいいのに。もうこれ以上本気出さずに戦う自信、私ないんだけど。
 
「さっさとくたばれよ!」
「嫌よ、自分より弱い人間にやられるなんて」
「んだと!?」

 私のストレートな一言にいろんな場所から噴き出した音が聞こえた。その1にもそれは聞こえてきたようで顔を赤面させながら私を睨みつけてくる。だってあなた、本当に弱いんだもの。嫌ね、プライドだけ無駄に高い奴って。
 ああ、でも先生がそろそろ飽きてきたみたいだから終わらせましょうか。私も疲れちゃったし。

「はい、おしまい」

 すぐさま背後に回りこんで、首筋に剣の腹を当てる。流石に刃の部分は当てないわ、首筋の傷って意外と目立つものだし。男でもこんな場所に傷が残るのはかわいそうだし、ね。
 腹立たしげに持っていた剣を投げ捨てるその1君。ああ、本当にプライドだけは高いのね。こういう人が私大嫌いだから、お友達になれそうにはないわ。なりたくもないけど。

・スクアーロ、あなたその剣技はどこで?」
「いくつかの流派が混ざっているので、『どこ』と言われても」

 先生の問いかけに、困ったような表情を浮かべてみせて私は笑う。もちろん、演技。
 父親の命令で何度か道場破りしました、なんて言えないし。かといって変に嘘をついてもどうしても穴があるし、そうなると適当にごまかすのが一番賢い選択。先生もそういうのを悟ったのか、私に対してそれ以上問いかけてはこなかった。
 授業終了のチャイムが鳴り響いて、授業も終わる。私は借りていた剣を先生に返して、ぐ、と伸びをした。そんな私の肩を叩く手が1つ。

「すげぇな! !」
「ありがと、ディーノ」

 太陽のような笑顔で私に素直な賞賛をくれたのは、親友のディーノ。そう、キャバッローネファミリー10代目となるあのディーノ。イヤミも何も含まれていない彼の言葉は素直に嬉しかったから、私も笑顔で受け取った。

「剣でに勝てる奴なんて、他にいねぇんじゃねーか?」
「この学校だけなら分からないけど……でも、私なんてまだまだよ」

 そうかなぁ、と私の言葉に呟くディーノ。本当に素直な人、と思って私はちょっと苦笑いた。マフィアに向いていて向いていない人だとしみじみ感じる。心優しいボスとして彼は慕われるだろうけど、その優しさ故にたくさん人よりも傷つくんだろうから。
 変わって欲しいとか、そんなのは思わないけどね。このままのディーノが私も好きだし。

「ディーノは、ムチだっけ?」
「いや、オレはあんま戦いに向いてないから」

 複雑そうな笑みを浮かべるディーノ。情けなくて恥ずかしくて、だけど譲れないものがあって。そんな葛藤と、彼は彼なりに戦っているんだろう。

「次の授業、なんだったか覚えてる?」

 話題をさりげなく、わざと変えるとディーノは嬉しそうに食いついてきた。ちょっとだけ、その姿がニンジンに食いつく馬にも見えた私って意地悪なのかしら。



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「大丈夫? ちょっとでも気分悪くなったりしたらすぐ言うのよ」
「心配性よ。でもありがと」

 私の言葉に、彼女はほんわり、と笑いながら花瓶の花を活けなおす。以前華道を習ったのだ、とか言ってた彼女の活けた花はとても綺麗な出来栄えだった。それが私のためなんだって知らなかったら純粋に喜べたのに。そんな思いが、胸をよぎる。

「ねえ、あんた分かってないでしょ」

 突然の言葉に、私は目を瞬いた。

「何が?」

 そう問いかけた私に、大きな嘆息を彼女は吐き出した。

「ほら、分かってない」

 未だ、私はあの言葉の意味が分からない。悪いな、と。凄く迷惑をかけているな、と。ずっとずっと、彼女に対してすまなさでいっぱいだっただけなのに。だけど、そんな私を見て哀しそうな顔をしていたことを、今更に思い出してもいた。



(夢……?)

 珍しい夢を見た。私が、虚弱体質で何もできなくて弱くて、お金ばかり費やしてそのクセして体調に改善は欠片も見られなかったあの頃の夢。親友と呼べるような人が1人だけその頃もいて、いつも入院している私の世話をしてくれていた。私の死すらも、看取ってくれた人だ。
 どうしてそんな夢を見たのかしら。

(まあ、いいけど)

 『今更』だ。
 いつだって私は自分を納得させるためにこの言葉を内心で唱え続けていた。今更後悔したって。今更そんなこと考えたって。今更そんな悩み。今更、今更、今更。もう過ぎたことなのだと、思えばちょっとは楽になったから。
 普通に遊べない体質なんて嫌。生まれつきじゃない、『今更よ』。高校に入れたのに、入院で留年。仕方ないわ、『今更よ』。就職できたのに体質のせいでやめなきゃいけない。もう慣れた。『今更だわ』。昔言い聞かせていた言葉を思い出して、胸がつきん、と痛んだ。もっと、足掻いてみてもよかったのかもしれない。本当に、本当に『今更』にそんな後悔していた。

(いつもよりネガティヴ)

 内心だけで自分をそう嘲笑って、私はベッドから出た。短い髪を整えて、服を着替えて準備完了。食堂で朝食食べて、だとかいろいろあるから早く行かないといけないんだけど嫌な予感がひしひしするわ。出たくない気分。
 まあ、どうせディーノがいじめられてるだとかその程度だとは思うけど。

「いじめられやすいものね」

 呟いた声は意外にも部屋に響いて私は少し目を見開く。私の声って、こんなに通るものなのね。なんだか10代でようやく気付くってどうなのかしら。住んでいた屋敷が広かったから気付かなかったんだと思いたいわ。
 そういえば『スクアーロ』の声は大きいものね。大きい声ってやっぱり声が通る人じゃないと出せないんだから、普通に考えるとそうなる。だから私も通る、ってこと? もう考えるの面倒だからどうでもいいわ。
 さて、と。

「ディーノを助けないと」

 『親友』だし、ディーノのことは私も好きだし。へなちょこねー、と思ったりすることもあるけど彼がいい人だっていうのは本当のことで、その程度の欠点で損なわれるようなよさでもない。彼の輝きは、とても澄んだものだから。時たま見ていて眩しく思ったりはするけれど。
 しばらく歩いていると、予想通りにディーノを罵る声が聞こえてきた。まあ語彙の少ない罵りだこと、と呆れながら私は顔をのぞかせる。

「やっぱりいじめられてた」
!?」

 ディーノが驚きながら私の名前を呼ぶと、私の名前に聞き覚えのあったらしい数人が顔を青ざめさせた。……何よ、その反応。
 こしょこしょと耳打ちしあい、私を知らなかったらしい者達まで顔を青ざめさせる。ちょっと、それ本人の前でやるのって失礼だって思わないの? 私一応淑女レディなんだけど。
 しばしあたしの顔をじーっと見て、アリを散らすように逃げていくいじめっこ達。なんとも、引き際をわきまえたいじめっこだ。根性ないならやらなければいいのに。

「大丈夫? ディーノ」
「ああ。サンキュー、

 にぱ、と笑うディーノ。こんなだからいじめられるのよね、と私は苦笑する。立ち直り早いのはいいけど、もう少し学習能力を持って欲しいわ、ディーノ。
 そんな私の胸のうちなんてまったく知らない彼は殴られたりしたのか少し腫れた頬をぐしぐしとこすっている。そんなことしたら悪化するじゃない。

「はい、傷見せて」
「いいってこれくらい!」
「悪化したら折角の顔まで台無しになるわよ」
「……なあ、それちょっと酷くないか?」
「酷くないわ」

 断言しながら、私は持ってきていたタオルを濡らしてディーノの頬にあてる。湿布じゃ目立つもの、これくらいでどうにかなる傷だしタオルでいいでしょう。

「ホント、あなたってドジよね」

 苦笑する私。むす、と膨れるディーノ。
 この時の私は、まだ知らなかった。『優秀で冷たい』私と『ドジで優しい』ディーノ。あまりにも違いすぎる私達のことを、周囲がかなり珍妙なものを見るような目で見ていることを。



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「だから、これを『x』に代入すると」
「なんでそれを代入するんだ?」
「……ディーノ。あなた理解力ある?」

 数学が分からない、と言われて教えていた私にディーノはいろいろと教える以前な疑問をぶつけてくる。絶対、彼勉強逃げてたわね。マフィアのボスとしての教育はちゃんと受けさせようと周囲はしたはずだから……ああ、しかも彼の家庭教師、『あれ』だものね。勉強系がダメなのも頷けるわ。

「この式は、ほら、『x』の可能性の1つを出した式でしょう?」
「あ、なるほど」

 ちゃんと説明すれば分かるんだけど、何かはぶいて説明するともうダメなのよね。私ぱっぱとこういうのは理解するから、彼みたいなタイプ教えるのには向いてないんだけど。

「で、『x』が分かれば『y』も……」

 ディーノは私のヒントを必死で考えて、ペンの先を紙の上ですべらせる。いくつもの式が展開されて、消される。いくつもの記号を何度も使い、ようやく正解に辿りついた。

「お疲れ様、今日はここまで」
「うー、やっぱ難しい」
「理解できるんだから大丈夫よ。あなた、基礎力つけなさい」

 どうもディーノに足りないのは『基礎』らしい。理解できるはできるけど、考え方が分かってないからできない。そういう勉強から逃げた自業自得、と言いたいところだけど、そういうことを言うと立ち直れないと思うから心の中だけで思っておきましょう。
 勉強道具をしまい、私は部屋にある給湯器を使ってコーヒーを淹れる。イタリア人は紅茶じゃなくてコーヒーの方が好きだからこっちの方が喜ばれるのよね。

「オレ、やってけるのかな」

 ぽつり、とディーノは弱音を吐く。私は目を瞬いて、ああ、と内心けで呟きながら苦笑した。勉強もできなくて、戦闘能力もまだ開花していない彼にとって、ここは苦痛しかないはずなのにそれでもいる。なんのためか、私は知らないけれど、いつだって不安は傍にあったのだろう。

「『やってけるか』じゃなくて、『やってみせる』って思えばいいのよ」

 コーヒーを前に置いて、私は一口飲んでからディーノに言った。

「みんな足りないものを抱えて頑張ってるの。
 あなたのそれは補えるものなんだから、努力で補えばいい。それだけの話よ」

 以前の『私』のように、どうやったって補えないものが欠けているんじゃないんだかれ、努力やらなんやらで補えるものが欠けているんだから、頑張ればいいのだ。本当に、『それだけ』なのよ? ディーノ。

「あなたは、頑張れる人間でしょ?」

 私の問いかけに、ディーノはそうかな、と照れくさそうに笑う。でもね、こんな風に勉強を頑張ったりしているあなたは、凄くカッコいいと私は思うの。逃げずにちゃんと、自分の弱さと立ち向かえるあなたは凄い、って。
 コーヒーの香りが部屋の中に満ちて、苦さと甘さで鼻腔をくすぐる。
 10代の夏。私は、『彼』とは違う形でこうやって舞台に立つこととなった。約束されていた、この場所に。














あとがき
書けたー! ばんざーい! これだけ書くのがなんか大変でした。いつもはそんなに大変じゃないのになぁ。これはプロットを作れという神様からの啓示……? いえ、私無神論者ですけども。
第一部はディーノとの絡み。とりあえず三部分題名考えてみたら丁度20話でした。短くなることはあっても長くなることはなさそうです。さあ大空か月歌書かないといけない。大空書こう、大空。そろそろ短編の修正終わらせてアップしないといつまでアップ予定にしておくつもりなんだ私。
成り代わりになってるのかなぁ? これ。

09/04/04
加筆修正:09/04/09
09/04/25