一度だけ。一度だけ、あの人の弱々しい姿を私は見たことがある。
 泣きそうな顔で、苦しげに哀しげに私を抱きしめて、私が存在していることを確かめるように強く強く抱きしめていた。そして、おそらく誰も聞いたことがない声であの人は確かに言った。

 ――お前、は――

 嗚呼。
 はじめて、私は『ああ』という言葉が胸の中で漢字に変換されたような気がした。それくらいに、それは切実で抱いてはならない問いで。なのにあの人は抱かずにはいられなかった。『本当』のすべてを与えられなかった、あの人は。

「ええ――ちゃんと」

 ちゃんと、私だけは
 あの日の誓いを、私は決して忘れない。

焦りと想い

 ばさり、と黒いコートが強すぎる風に翻る。夜空の下、月明かりなき新月の夜。暗殺にはぴったりのシチェーションだと金髪の少年は1人笑う。隣には黒髪にむさ苦しい容姿の男がいて、それを不快に思いながらもベルフェゴールは1つのビルの屋上で立ち倉庫を見下ろした。

「どうする?」

 同行者たるレヴィ・ア・タンの言葉にひょい、とベルはただ肩をすくめる。耳には無線機があり、そこから作戦開始の合図が聞こえるはずだった。狼煙を上げるのは、扱いにくいと称される者達を軽々とまとめてみせる唯一絶対のボス。彼とその隣に立つべき策士以外の人間が開始を紡ぐことを、ヴァリアーの誰もが認めない。

「ま、なるようにでいいんじゃね?」

 ししっ、と笑えば呆れの気配。そんなものは気にせず、ベルは耳から流れてくるであろう合図を待った。



 XANXUSを除いて唯一ヴァリアーをまとめられる存在。上に立つことを許された数少なき者にして、生まれながらの謀略使い。彼女を讃える言葉は五万とあり、同時に罵る言葉も五万とある。酷いものではXANXUSに媚を売った娼婦、か。彼女は決して己の体を粗末に扱わない存在だというのに。

『始めるぞ』

 耳から静かな声が流れて、ベルとレヴィは顔を見合わせて笑った。静かすぎる声は、胸の内の憤怒を抑制しているためだろう。だが、その憤怒があってこそ彼の炎は燃え上がる。

「まずは、オレだな」

 背中のサーベル状のパラボラを放ち、高らかにレヴィは技の名を叫んだ。

「レヴィ・ボルタ!!」

 緑の雷光が、視界を焼いた。



「また派手ねぇ……」

 マーモンは何やら用事があるとかで、1人で戦うことを余儀なくされたルッスーリアはおもやずぼやく。レヴィの雷が場を焼いて電気器具をダメにしてくれたのは助かるがああも派手な技は暗殺部隊としてどうなのか。
 得意のムエタイでばっさばっさと敵をなぎ倒しながら進む人間のセリフなのかどうかはさておき、1つ息を吐いてルッスーリアは夜空を仰いだ。主の色と、笑った彼女を助けるために自分達はここにいる。

(まだ、あの子は分かってないのかしら)

 いつだって、ある一部分に疎い子。いつになれば、気付くのか。
 幹部クラスの敵すらもザコ扱いしながら、ルッスーリアはただ突き進む。



 ぷかぷかと宙に浮きながら、マーモンは巨体を見上げる。XANXUSが試すべきだろう、という意見を出したためにプロトタイプを連れてきてみたのだが、さてどうやって使おうか。

「……まあ、いいや」

 どうせ自分に被害はこないのだ。なら適当に暴れてもらった方がいいだろう。暴走しようがどうなろうがプロトタイプ。惜しさの欠片もないただの使い捨てにしようと文句はあるまい。任せられたのは自分だ。好きに使わせてもらおう。

(後は、君だけだよ)

 役者はもうすぐ、舞台に揃う。



*******************



「ほら、来た」

 満足げに笑う敵のボスに私はどうして、と掠れる声で呟いた。どうしてどうしてどうして、私なんかがいなくても兄さんがちゃんといるのに。私は、ただの代役、なのに。

(ボス、……XANXUS……XANXUS……!)

 唯一絶対の名を心の中で私は叫ぶ。どうして来たの、罠だとあなたなら分かったでしょう? どうして来たの、私なんかがいなくたってあなたはやっていけるでしょう?

(XANXUS――)

 お願いだから。お願いだから、私を見捨てて。

(来ないで……!!)

 血を吐くような叫びを、私はあの人の色たる夜空に捧げる。



 銃に炎が込められて、放たれる。ただでも殺傷力の高い憤怒の炎の威力を倍増する力のある銃と銃弾に成す術はなかった。ただ灰となり、散りゆくのみ。すべてを風化する憤怒の炎を自由自在に操ってXANXUSは敵をなぎ倒した。

「ザコが」

 かなり強い者も中にはいたはずだろうに、彼の前では弱者だった。それだけXANXUSが強いということなのか、それともこのファミリーの構成員が弱いのか、はたまたどちらもか。銃のカートリッジを入れ替えながらXANXUSは額に滲んだ汗を拭う。いくら3方向から部下に攻めさせて守りを薄くしてみても、やはり人数が多い。暗殺部隊としてあってはならぬ攻め方だとに怒られてもおかしくないような力技。だが、それがどうした。

(ザコは、ザコだ)

 そんなものを恐れる必要がどこにある。所有物を取り返しにきたのだからさっさと奪い返して戻るだけ。・スクアーロは誰でもない、XANXUSの所有物であり部下であり参謀なのだ。
 銃弾に込めた炎を壁に放てば、その部分が風化して消えた。煙舞う中を気にせず進み、XANXUSは壁の向こう側の部屋にたどり着く。そこには、どこか哀しげな瞳をしたと敵ファミリーのボスである男がいた。縛り上げられて声を奪われた鯱と目が合い、XANXUSは少し微笑む。

(待ってろ)

 言葉なぞなくとも、通じる。それを知っているからXANXUSはそう心で囁いて、す、とはどこか安心したように目を閉じた。



(私の、杞憂であればいい――)

 あの人が負けるなんてありえない。知っているのに、戦わないでと心は叫ぶ。『待ってろ』という言葉が胸に響いて、その響きにひたりたくて私は目を閉じた。なんて綺麗な朱色の炎、なんて壮絶な……破壊の炎。
 2代目が使ったという話が残る憤怒の炎。XANXUSと容姿もよく似ていて、執政も同じく恐怖政治。されど勇名を今なお馳せるその理由は、きっとXANXUSと同じように人を惹きつけてやまない人だったのでしょう。ボンゴレの血を継ぐものは、そんな人が多い。初代、2代目。代々のボンゴレに10代目となる彼の少年。その誰もが有能な人材を集めて己のものとすることを得意としているのは、歴史を見れば明らかだもの。

(XANXUS)

 呼べば、口元だけで彼は笑う。頑張って。そう囁けば、彼は銃を構えてこのファミリーのボスに向けた。

「お前、ボンゴレ9代目の養子なんだってな……オッタビオに聞いたぜ」

 やはり、彼。どこまでもどこにも辿りつかない男だった彼を思い出して私は腹立たしさに目を細めた。どこまで保身に長けた男だったのか。この人の誰にも知られたくない秘密を流してまで、守るべき身だったのか。
 鋭い殺気を放出したXANXUSに動じることなく、男はにやり、と笑って私に近付く。

「いいのか? オレを撃てばこいつが死ぬぞ?」

 私の首筋にナイフの刃を当てて、ボスたる男は言う。最悪の所業、というか……あまりにもボスらしくない行動に私は冷たい視線を投げかけた。どこがボスの器なのかしら。こんな男よりずっと、XANXUSや沢田 綱吉の方がボスらしい。
 私なんて気にしないでしょうに、と想っていたのにXANXUSは苛立たしげに目を細めて銃を少し降ろす。どうして、と心で叫んでも返答はない。お願いだから撃って。そう私が頼んでもXANXUSは引き金を引こうとしなかった。あなたの心を踏み荒らされて、とどまるだけの価値は私にはないでしょう?

「そいつを放せ」
「嫌だね。こいつさえいなければ、ヴァリアーはこの8年間やっていけなかったって話は有名だぜ?」

 よほど有能なんだな、と笑う男に私は噛み付きたくてたまらなかった。私じゃない、みんなが協力してくれただけ。私がいなくとも8年は乗り越えられたし、元々私の存在は……なかったはずなんだから。

「放せ」
「……冷血のボス様は、この女にご執心なわけだ」

 す、と頬を無骨な指が撫でる。

「あんたの前でこいつの顔に傷をつけたら……どうなるんだろうなぁ?」

 ぶわり、と。殺気が溢れた。
 少しだけそれに男は顔をしかめたものの、私の首筋にあったナイフを頬に移動させる。縫えば治る、傷口なんて気にしない。そんな私の性分を知っているはずなのに、XANXUSの表情は烈火のように怒り狂っていて。

「貴様……」
「おっと、怖い怖い」

 おどける男。ああ、本当に殺したい。

「でも、撃てないんだよなぁ? こいつの命がかかってると」

 視線だけで人が殺せるなら、一体この男は何度死んでいるのだろう。そう思うほどにこいつが私にとっては憎い存在に今では成り果てた。XANXUSをこれ以上侮辱するようなら、命と引き換えにしてもこいつを私は殺す。そんな確信が、私の中にあった。

「じゃあ、SHOW TIMEといこうか」

 私の頬にナイフの刃先が当てられる。痛みを見せぬように私は目を閉じて、そしてXANXUSの声が耳朶を打った。

……!!」

 気にしないから、いいのに。
 思いながら痛覚を覚悟した瞬間、慣れしたんだ1つの気配を私は感じる。

「そこまでだぁぁぁあっ!!!」

 荒々しい剣技と声、どこまでだって誇り高い肉食の鮫……兄さん、スペルビ・スクアーロ。マーモンがきっと、幻覚で体を兄さんに与えたのね。兄さんも珍しく、ちゃんとしたことを頼んだみたい。

「貴様、どこか……!」
「答える筋合いはねぇぇぇっ!!」

 声なく、人が倒れる音がして熱い飛沫が顔にかかる。口にされていた布にもそれは染み込んで、鉄のにおいとまずい味が口の中に広がった。おそらく、私の頬を裂こうとした男の血。
 手足を戒めていた縄が切られる感覚、そして口にされていた布を外されて、久々の開放感を私は存分に味わった。

「兄さん……」
「無茶し過ぎだぁ」

 苦笑されて、ごめんなさい、と小さく謝る。極度の緊張から解放されたのとと栄養失調予備軍に入ってしまったせいで揺らいだ私の体を受け止めて抱き上げてくれたのは、兄さんじゃなく意外にもXANXUSだった。

「帰るぞ、

 まだ、あなたの傍に私は。

(いても、いいの……?)

 それを口に出す直前で、1つの記憶が私の中で蘇る。珍しく弱々しい顔をして、私を強く抱きしめて、この人は

 ――お前、だけは……離れないか?――

 きっと忘れていたのは、この人の名誉を守るため。あんな儚げな姿はきっと、この人にとっては恥でしかないはず。それでも覚えていたかったのは、私を頼ってくれたことがどうしようもなく嬉しかったから。

 ――ええ、ちゃんと……ちゃんと、私だけは――

 あなたの傍に在りましょう。たとえ私が『私』じゃなくとも、『スクアーロ』はあなたの傍に。
 懐かしすぎる記憶に揺られて、そっと私は意識を手放した。
















あとがき
ノリノリで執筆すること約2時間。勉強しろよって話なんですがいい気晴らしでした(をい)
さて続きに続いた時雨も残り3話となりました。ようやく急展開のすべてが終わったので後は終わらすだけとなってしまいましたね。……ちょっと寂しいなぁ。時間が空いていろいろと一段落つけば書き直しと原作沿い編の方も始めようかな、とは思っていますが。私的には彼女を普通のスク妹にして原作沿い、というのも捨てがたい。ツナ側の守護者なのにXANXUSの恋人設定とかよくないですか?
まあネタだけの連載もあるのでそっちもやりたいなぁ、とか思いますが。特にまるマ。
では次の更新でー!! ヒロインかわいいなぁ。

09/06/30
加筆修正:09/07/05