書類だけは片付けて、私はヴァリアーの休憩所に戻る。そこにはみんなが集まっていて、その表情は深刻。全部伝わってるのね、と。私は思いながら私の定位置のソファーに座った。
彼女の決意
《代われ》
兄さんに言われて、私は存在を内側にする。内から外となった兄さんの姿に全員が一瞬驚きながらも、どうしてこのタイミングで兄さんが出てくるのかが分かっていないようだった。
「お前らの意見を聞かせろ」
腕を組んだままに兄さんが命じる。確かに、そんな話が私でできるわけがない。考えを巡らしながらも結局は単純な解答を選んでしまう兄さんらしいその言葉に、私はこんな時だけど笑った。
「彼女を失いたくはありませんが……」
最初に意見を言ったのは、いつものようにオッタビオ。
「しかし引き抜きによりヴァリアーの立場がよくなるのも事実。彼女を引き渡した、ということで誠意を見せることにはなりますからね」
「んだよ。お前、を渡そうとか思ってんのかよ」
ベルの不機嫌そうな声に、客観的な意見ですよ、とムッ、としてオッタビオは返す。さてどうだか、という私の呟きは兄さんにしかもちろん聞こえないもの。す、と少し瞳を細めただけで兄さんも私の呟きに返答することはなかった。
「王子反対。渡したら潤いねーし」
「そういう問題じゃないだろう、ベル。
でも、僕も反対だね。彼女はヴァリアーに必要な人材だ」
……まあ事実上紅一点なのは認めるけれど、その言葉をルッスーリアがいる前で堂々と言えるベルは本当にある意味凄いと思うわ。次のマーモンの言葉は純粋に嬉しいもので、『必要』とされていることに私は胸が温かくなるのを感じる。ここが居場所。そう信じてやってきて追い出されたらどうしよう。そんな不安がずっと私の中にあったから。
「ボスをオレ以外で支えられるのはそいつしかいないからな」
一番期待していなかったレヴィにそう言われて私は目を瞠る。そんな風に見てもらっていたなんて、気付かなかった。
「お前が支えれてんのかよ」
「何っ!?」
「ケンカはやめやがれぇ」
ベルのからかいに乗りかけたレヴィを静かに諌めたのは兄さん。会議中、ということもあって2人はすぐに矛先を収めて自分の席に座りなおした。
「ルッスーリアの意見は」
「ベルちゃん達に賛成。いくらヴァリアーのためだとか言われても、ちゃんはねぇ」
兄さんの言葉にひょい、と肩をすくめながらルッスーリアは言う。う゛む、と兄さんは頷いて、だがなぁ、と全員を静かに見据える。全員の意見を聞いたって、この風潮は変わらない。それを兄さんは理解していて、そして私が悩んでいることだって兄さんは知っていた。
「最終的に決めるのはだ。それでいいなぁ?」
私は、どこに向かえばいいの?
抱いた疑問は、どこにも辿りつかず宙に浮いたままだった。
「悩むのは仕方ねぇことだ。お前の性格じゃな」
上級客人用の部屋を小さい体で占領するリボーンは、私がやって来た理由をすぐに見透かしてそう言った。そうね……考えすぎ、と。私はあの人にもよく言われるくらいに周りに気を遣っていろんなことを考えているらしいから。だけど元が日本人なんだもの。仕方ないじゃない。
「根本的な解決なんてオレはできねぇ。言ってやれるのも一言だけだ」
ボルサリーノにスーツ、という大人の男でも中々着こなせないそれを見事に着こなしてみせるリボーンは、くい、と帽子のつばをあげて私を見つめ、言った。
「お前は、どうしたいんだ?」
その言葉に私は数度目を瞬いてから、私? と問い返す。リボーンはそうだぞ、と頷いて私を赤ん坊特有の大きな目でじっと見つめた。すべてを見透かすような、彼独特の瞳で。
「結局は、お前の問題だ。お前の気持ちで、決めるしかねぇだろーが」
私が、どうしたいかなんて。そんなの
(私が一番、訊きたい)
いつだって私達の前には道標があった。あの人がいたから、私は迷わずにこれた。ああだけれど、あの人に出会うまでだって私は迷わずにやってきたはず。いつの間に私はこんなにダメになった? いつの間に、私はこんなにもあの人に寄りかかっていた……? 唐突に気付いて、私は愕然とする。そうだ、あの人がいれば、私はきっとこんなにも迷わなかった。あの人がいれば、堂々と私に命じてくれたから。
(私は……バカだ)
命じられて、そうやって思考を放棄してきた。思考せずに命令されるままに、あの人を中心にすべての策を練り、あの人にとっていい方向にばかりすべてを進めていた。それはいい。だけど、思考を放棄することがいいなんてこと、絶対にない。
「……」
会おう、あの人に。
そう決めて私が顔をあげれば、リボーンがふ、と笑い帽子でそっと表情を隠した。
********************
「……お前も大概、いい性格だよな」
パン、と指先で数枚の札を弾きポケットに突っ込む。それを渡したオッタビオはふん、と笑いながらどっちがだ、と返した。どっちもどっちの共犯関係に2人はどちらからともなく、くつり、と笑う。
オッタビオは地位が欲しい。そしてそれを追い求めることに貪欲な男だった。この一件を自分が始末すればいっきに幹部まで駆け上がれるはずだったのに、ヴァリアーで自分よりも確かな地位をいつの間にやら築き上げていたに全部を取られてしまったのだ。その時怒りでオッタビオは目の前が真っ赤にそまったようにも思った。それくらいに、はオッタビオにとって許しがたい存在へと姿を変えたのだ。
(オレ以上に全部を整えやがって)
自分がと同じことをできるか、と言われればNOとしか言えない。それくらいに彼女は優秀であり、それ故に苛立たしかった。彼女にとって当たり前にこなせることは、自分にとって苦労すること。自分にとって苦労することは、彼女にとって当たり前のこと。この差を、一体どうやって許せという。
「なんとか引き抜き騒ぎは大きくするさ。どうせ、あの性格じゃ負けて引き抜かれるだろ」
「そうだな」
は優秀だ。だが、兄のように我が強い性格ではない。むしろ周囲に流されて生きていくタイプだとオッタビオは把握していた。日本人としての記憶が強く残る故の性質だと知るのは兄であるスペルビのみだが、いつもはいい方向に転ばせる性格も今回ばかりは裏目に出る。
(あいつが消えれば、ヴァリアーは崩壊する)
そして自分は幹部になるのだ。そのために、XANXUSを売ったのだから。
翌日に行く許可を9代目に貰い、私はベッドに膝を抱えて座り目を閉じていた。
《》
静かに呼ばれて、私は何? と声には出さずに返す。確かに私は、考えすぎなんだろうと思う。思えばあの人だけではなく、ディーノにも兄さんにもよく言われた。もう少し肩の力を抜いてもいいのだ、と、もっと気楽にやればいいのだ、と。
《お前のやりたいように生きやがれぇ。オレは、それしか言わねぇ》
その言葉に私は涙が溢れそうになるのを感じた。まだ、甘えられない。まだ何も決めていないのに、優しさに甘えるだなんて私のプライドが許さない。唇を噛んで私はそれを耐えて、内側の兄の感覚に浸った。粗雑で乱暴でうるさくて、考えなしで単純で戦闘にしか能のないような兄だけれど。本当は誰よりも優しく気配りに長けていることを、私だけは知っている。
《例え誰が敵になろうと、誰がお前を裏切ろうと、オレだけはお前の味方でいてやる。オレだけは、お前をずっと支えてやる》
「にいさん……」
この人が味方なら、どんなに心強いだろう。この人が支えてくれるなら、どんなに嬉しいだろう。何をされたって何を言われたって、怒るだけで結局は許すこの人は本当に尊敬できる、私の自慢の『お兄ちゃん』だ。
《オレ達は、兄妹だからなぁ》
その言葉に私は目を閉じる。背中合わせに、今兄さんが座っているような気がして。そして頭を撫でられているような気がして、ほんのりと胸が温かかった。
「うん――」
信じてる。声に出さなかったその言葉は、ちゃんと兄さんに届いてた。
「ちょっと、クサいけどね」
《う゛お゛ぉい、どっちがだ!》
「もちろん」
くすり、と私は笑う。明日私は覚悟を決める。私はちゃんと、あの人に言ったから。あの言葉を守るために私は覚悟を決めて、そして8年後に彼と敵対する。もう心は定まった。
「兄さんよ」
《必死に励ました兄へのセリフかそれがぁっ!!!》
私が耐え切れなくなって笑えば、兄さんも呆れたように嘆息してから笑い出す。
「兄さん」
《なんだ?》
「大好き」
ふ、と兄さんは笑って、知ってるぞ、とだけ返してくれる。月明かりの下で、私達はぽつりぽつりと話し続けた。
******************
「XANXUS」
氷の中で眠るXANXUSのいる場所に私はやってきて、氷を見上げる。台座の上に乗せられているものだから祭られているようにも見えておかしい。クーデターの主犯者がこんなことになっていると知っているのは、私達ヴァリアー幹部とボンゴレの主要人物だけ。ただし、私が話したのはベル、マーモン、ルッスーリア、レヴィの4人。オッタビオにはちゃんと話さずに全員にも緘口令を敷いて8年後に繋げる準備はもうしてる。
「『約束』したものね。なのに私、どうして忘れれたのかしら」
穏やかに、眠っている。眠ってくれた。私が待つなら、眠ってやる。そう彼は言外に含めて私に声なき声で囁きこの中に閉ざされたのだ。
「来てたんだね、」
「9代目……」
私の横に並ぶ9代目。優しい瞳で私を見下ろして、覚悟は決まったかい? と私に問いかけた。黙って頷いて、私は氷に視線を移して口を開く。
「『約束』したんです。XANXUSと、待ってる、って」
8年くらいがなんでしょう。あなたと最初に出会うまでの時間に比べれば短いもの。私の空はあなただけ。私が跪き従い仕えるのはあなただけ。出会った瞬間から、私のすべてはこの人のものになった。
「私が破れば、また彼は拗ねちゃうでしょう? だから、私は引き抜かれるわけにはいきません」
拗ねて拗ねて、その結果がこれ。もう充分に暴れたでしょう? 今度戻ってきた時はリング争奪戦以外、手綱を取ってやるからそのつもりでいて欲しいわね、XANXUS。なんだかんだと問題起こしすぎるのもよくないだろうし。
「私は、ヴァリアーの・スクアーロです」
満足そうに9代目は笑う。私のこの言葉を、この人が待っていたことをその笑みで私は知る。
「XANXUSを……息子を、頼むよ」
「はい」
最初から、そのつもりです。
そう私が言えば、本当に9代目は嬉しそうな笑顔でうんうん、と頷く。内側の兄さんが深い深い溜め息をどうしてつくのかが分からずに私は首を傾げる。さて、みんなに伝えに行きましょうか。
「ならば、引き抜かれないと?」
「ええ。私情の決定だけれど、間違っているとは思わないわ」
オッタビオに言えば、そうですか、と感情を殺した言葉。瞳は疑問ばかりを私にぶつけていて、私情という言葉に苛立ちを見せる。オッタビオ、瞳は口よりも雄弁ね。あなたはもっとそこの訓練をするべきでしょうに。
「ヴァリアーはどうするのです。あなたが行くことで誠意を見せる形にはなったでしょうに」
「そうね……でも、誠意なんかよりずっと大切なものを、私はあの人と交わしてしまったの」
もう、裏切られないでもいいでしょう? あの人は。
「『約束』って、守るからこそ価値があるものだって私は思うから」
そう笑えばオッタビオはいぶかしげな顔をする。私は疑問に答えることをせずにただ笑顔だけを向ける。信じてくれたから私はその信頼に応えましょう。信じてる、信じてる、大好き。戻ってきたXANXUSに、胸を張ってその言葉を伝えられる人間で私は在りたい。後ろについても、嫌がられない女で。
「8年もあれば、きっとなんとかできると思うの。ヴァリアーだって」
あまりにも詳しいその年月にオッタビオがは? と言ってきたけれど気にしない。あなたにあげる時間も8年よ。頑張ってねオッタビオ。XANXUSにかっ消されるかかっ消されないかはあなた次第なんだから。……多分、殺されるんでしょうけれど。
「みんなにも言いに行きましょうか、兄さん」
《喜ぶだろうなぁ》
そうね、と私は返しながら休憩室に向かう。気分はとても、明るかった。
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「まだかしらねぇ」
《オレが知るか》
長く伸びた髪をいじりながら私は兄さんにぼやく。ふん、と内側で鼻を鳴らす兄さんの髪もかなり伸びていて。腰なんてとっくに超えた髪を後ろに流して、私は剣をしまっているケースを持って立ち上がった。
「どうせそろそろよ。だってもう、日本の夏も終わるから」
8年が経った8月の終旬。私達はのんびりと話しながら任務に向かうために歩き出した。
あとがき
第2部終了!! 第2部の題名の意味は『そして私は魅入られる』でした。まあつまりXANXUS様とどーたらこーたらなっていって一緒に行くことを決意するまで、という感じで。わー大雑把。
ちなみにXANXUS様が目覚めるのは9月9日です、だとかどうでもいい公式情報を述べておきます。黒曜真っ只中ですね! っていうか獄寺の誕生日じゃないか、とかツッコみたくなった私です。あの人誕生日にいろいろとトラブってるんだから気の毒ですよねー(他人事かよ)
では拍手返信です!!
レイさん
ちょくちょくと突発ありがとうございます。時雨は第2部ようやく終了です。大空もかなり大きな謎が残りまくって伏線回収に私が手間取っております。わー、ダメ人間。黄色いカテキョーの言葉は一応冗談ですがおそらく、OKすればマジで愛人に認定されると思います。ついでに今回もいいトコ取りですね(あはは)(ぇ)
あ、あの穴掘りするならその上で『なみのり』させますよ? 誰かに
8:49「時雨大好きです〜」の方
あ、ありがとうございます!! 大好きと言っていただけて嬉しかったです。
一応18話完結予定ですが、ちょっとした場所に隠し部屋としてヴァリアー編・未来編と連載していく予定です。あまりにも先を続けて欲しい、という声が多かったので。
おもしろい、なんてもったいないお言葉ありがとうございます。これからも連載頑張っていきます!!
これで『揺りかご』を中心とした第2部は終了です。第3部はヴァリアー編直前までのお話となっていく予定。こちらは完全にオリジナルの予定です。いえ、1ヶ所小説沿いがありますが。……なんかこれが本当に人気でびっくりです。あと7話で完結するんですが……もう隠し部屋やめて原作沿いのやつ表に出そうかな。
では次の更新でー!
09/05/24