人工呼吸器が吐き出した息で曇る。慣れた感覚にどこか冷めた気持ちを抱きながら、私は体の奥深くに根付き続けてきた痛みが私に魔の手を伸ばしてきたことを悟った。鎮痛剤でそれは感じないものの、私に『それ』がそっと触れてきたのが分かる。恐怖心を感じない時点で、私の感覚は狂っているんでしょう。
虚弱体質で生まれた私は、成人できれば奇跡とまで医者に言われて生きてきた。それなのに、成人して私は就職までして社会人としてやれた。それだけで、私は幸せだったのだから今更死ぬことは怖くない。そこに絶望を感じることはなく、ただ背中合わせの存在だったものがこっちを向いて私の首に手をかけただけ。
「病状は!?」
「かなり……」
両親と親友が駆け込んできたのが声で分かって、私は薄く目を開ける。名前を呼びながら私の隣に駆け寄ってきた親友に私は片手を伸ばし、その手をちゃんと彼女はとってくれた。
「まだ、死んじゃダメなんだからね!?」
その言葉に私は、今更じゃない、と思う。元々長くない命だったのがここで終わるだけの話。そんな私の感情を見透かしたのか、バカ! と怒鳴られる。その隣に両親が立ち、お母さんは泣いていてお父さんは深刻な顔で私を見下ろしている。迷惑ばかりかけたのに、死ぬ瞬間を看取ってくれるのが嬉しかった。
「あんたは、いっつも……そんなん、だから……!」
涙を流しながら、彼女は私を怒鳴りつける。嗚咽で掠れる声に、私は笑った。こんなにも優しい人達にこんなにも愛されて逝けるのに、何が不幸なんでしょう。いくつもの奇跡を、ありがとう。そしてごめんなさい。
ようやく、眠れる。
「心肺が……」
医者の言葉に、お母さんが声をあげて泣きながら私の名を呼ぶ。最後の力でみんなに私は笑いかけて、人工呼吸器の向こう側から彼女に唇だけで言葉を紡ぐ。
(ごめんなさい、ありがとう。こんな私の傍に、最期までいてくれて)
両親に、愛してくれてありがとう。そんな言葉を私は渡して。そして私は深い睡魔に負けて目を閉じる。意識が底なしの何処かに落ちていくのを感じながら確かに心肺停止のピー、という音を聞いて。
闇の中に、私は消えた。
それは唐突な
そして私は目を開けた。
白い病院だ、と分かる部屋に私は死んだのが気のせいか夢だったのか、と思う。確かに死神の足音を聞いて、その鎌でこの首筋に触れられたはずなのに。どうして私は呼吸をしている? どうして体の奥に病魔の影がないの? そして、胸の奥で脈打つこの感覚は。
「奥様、生きています……目を開けました! 泣きました!」
「もう、1人は……?」
「残念、ながら……」
落胆と絶望の息を吐き出す『奥様』と呼ばれた人。温かい柔らかな布に私は包まれていて、何故か大声で泣いていた。耳に入るその声は、幼い赤子の声そのもの。
(私の、声?)
成人していた私の? 確か私の年齢は27歳だったのに、こんな声が出せるわけがない。いいえ、それ以前に私は死んだ。だというのに、今私は、生きている。
自分の手を見れば小さく、本当に紅葉のよう。赤ん坊というものにちゃんと接したことがないから詳しいことは分からないけれど、体力が少なくて最初の食べ物は母乳かミルク。最初は首が据わってないのもちゃんと知ってるわよ? じゃあ私しばらくは勝手に動けないのかしら。
(生まれ変わった、ってやつ……よね)
小説だとか漫画だとかではよくある展開の1つ。死んだと思ったら異世界でした。死んだと思ったら別人になってました。使い古されているこの展開をまさか自分で体験することになるなって思わなかったけれど。
がらり、と扉の開く音がしてかつんかつん、という足音。旦那様、と誰かが呟き、あなた、と『奥様』と呼ばれた人が呟いたことで私はその人が『お父さん』に当たる人だということを悟る。目の前に黒い髪に浅黒い肌の男性が立ち、ふーむ、と唸り私を撫でた。
「生き残ったのは女の子か」
「は、はい……」
使用人の1人が問いに頷きながら答えれば難しげに『お父さん』はまた唸ったけれど、1つ嘆息して諦めの表情を見せた。
「まあいい。名付けは僕に、ということだったね? お前」
「ええ……」
憔悴しきった声を気にすることなく、ちらりと隣の台を見やる。向こうで目を閉じているのは死産だったらしいもう1人。新しい私は、双子だったみたいね。一卵性か二卵性かまでは知らないけれど。
「男の子の分しか考えてなかったな……スペルビ、と名付けようと思っていたんだが」
彼にとっては、私が生き残ったことが気に喰わないようでもう1つ溜め息を零す。男尊女卑の考えの持ち主なのね、と呆れ半分疲れ半分に『お父さん』を私は見続けた。嫌な人。前の『私』のお父さんの方が、ずっとずっといい人だった。思いながら、どうしようか、と呟く父親の言葉を待つ。
「、なんてどうだろうね? 悪くはないだろう」
確かにセンスは悪くないけれど、この人の名付けということが私は正直気に入らない。それでもこれが、今生きる私が一生付き合っていく名前になった。。ヨーロッパ系の名前だからきっとここはヨーロッパのどこか、ということね。
「生き残った僕の娘。お前の名前は、これから・スクアーロだ」
すく、あーろ……?
「マフィアの中で生きていくのだから、それなりの教育はしてあげよう。ちゃんと戦う力も教えよう。兄の分も生きてもらわなければ困るから。
だけれど最後は誰かに嫁いでもらうよ。僕はこの世界で、のし上がるからね」
マフィア、スクアーロ。それに、スペルビ。
どうして『スペルビ』と言われた瞬間に気付かなかったのかしら。傲慢な鮫たる彼が私の兄ということは。
(成り代わって、しまった?)
あるべき場所から堕ちた私は、あるべきものを押し出してこの場所におさまった。きっとこれは、そういうこと。
最悪の、始まりだ。思い私は自己嫌悪の中で目を閉じる。ごめんなさい、と。そんな簡単な言葉すら紡げないこの体が疎ましかった。ごめんなさい、ごめんなさい。私の兄であった人。あなたを弾いて、私は陽の光を浴びてしまった。
(それなら、私は)
この業を抱えて、生きていこうと思う。
あなたの道を辿りましょう。どれだけの哀しみがその果てにあるのだとしても、血の中で眠るような生き方になるのだとしても、それが私の生きる道。
すべてを剣あなたに捧げて、私はこの舞台に立つ。
(……一番、私が、嫌なのは)
『健康で丈夫な体』。それを得たことに、本当は喜んでいる自分が、一番苦しい。ずっと欲しかったもの。だけれど、こうやって得たいわけじゃなかったのに。それでも私は、喜んでしまう。27年もの間苦しんできた理由が私の弱さだった。もう私は、弱くない。
(ありがとう、ごめんなさい)
もう一度呟いて。私は、睡魔の手にこの身をゆだねる。
これが、私という存在が1つの舞台に立った。その、瞬間。
あとがき
書き直しです。気に入らないな、とか思っていましたので全面的に。話数がかなり増えることになると思います。すでに第1部が7話に増えているという今がありますので(ぇ) それにいろいろとドジもやっていましたし、出し切れていない設定が多いな、と思ったので全面的に改定。特にディーノさんともっと絡んでくれたらいいと思うんだ←
ヒロインのテーマソングに「カルマ」とかもいいな、とか思います。というか意外とぴったり?
では次の更新でー!!
09/10/18